おまとめローン

借入金をおまとめローンで一旦清算

おまとめローン>消費者金融の変遷


消費者金融はかつてサラ金(サラリーマン金融)と呼ばれていました。
今ではコンビニATMでも気軽にキャッシングが出来る様になり利用者は1500万人を超えていると言われるほど日常生活に浸透していますが、日本が高度成長期を迎える1970年代には高利貸しと呼ばれるダークなイメージがつきものでした。

サラ金の登場は以外に歴史が古く、江戸時代にはサラ金の前身となる金融業は存在していました。
それが質屋です。当時は庶民金融として日常生活に浸透していたのです。
つまり、お金を借りる担保に日用品や洋服などを質草として預け、借りたお金に利息を付けて返すと預けていた質草を返してもらうという商売です。

第二次世界大戦が終わり物不足が深刻化している時代に質屋は大発展を遂げます。
しかし戦後の好景気を背景に国民の所得は増え、ものが余る時代となり物の価値が下がるにつけ質屋のビジネスモデルは廃れて行くことになります。

それに変わって登場したのが物を担保の融資をするという形態から「人の信用」を担保に融資するいわゆる信用貸しが登場してきます。 それまで信用貸しは身内間あるいは地主が小作人に貸し付けるお金といった程度のものでした。

しかし戦後高度成長経済によってホワイトカラーが増えサラリーマンが国民の主な職業になるにつれ所得が安定化したため、安定した収入のあるサラリーマンを対象とした金貸し業が成立したのです。
これがサラリーマン金融と呼ばれるものでした。

時代は1960年代です。サラリーマン金融では安定した収入を証明出来れば無担保、保証人無しで融資を行ったのです。 しかしこの頃のサラリーマン金融の金利は今からは想像も出来ない程高利でした。 1970年代から80年代初頭にかけてのサラリーマン金融の金利は実に年間91.25%〜102.2%もの高利だったのです。 この頃すでに現在でも消費者金融の大手として成長を続けるアコムやプロミス、アイフルなどが相次いで創業しています。

信用貸しによって簡単にお金が借りられる一方、あまりに高い利率によって過度な借入を起こし返済が出来なくなる利用者も増加してきます。 そこで貸し倒れに陥る利用者を未然に防ぐために業界が協力して互いの利用者の信用情報を共有して審査の参考資料にするための会社を設立します。
これが日本初の信用情報機関である株式会社レンダースエクスチェンジです。

こうしてじょじょに日本国内でもサラリーマン金融の存在は世間に認知されていきますが、その時の世間のサラ金に対する風当たりは強いものでした。 金利が今と比べるとべらぼうに高いので無理からぬ話しではありますが、それが当時の消費者金融の姿だったのです。

しかし、1975年になるとクレジットカードの利用者数が次第に増えてきます。
それに伴い外資系の信販会社や銀行系のカードクレジットもキャッシングサービスを行い始めるようになります。 この当時の外資系のキャッシングサービスの金利は年間48%と当時のサラ金のおよそ半分と革命的なものでした。 こうして消費者金融を取り巻く環境は時代とともに変化をみせ、業界間での連携や銀行との業務提携を経て次第に金利が引き下げられて行き一時は29.2%を上限とする貸金業法が制定され苛烈な競争に一旦は終止符が打たれます。

しかしバブル経済の破綻によって失業者が増加するにつれ再び貸し倒しが問題視されるようになり、2006年には貸金業法の抜本的な見直しが行われ、現在の融資金額によって段階的に15%〜20%を上限金利とする事が義務づけられました。
このような世相の中、消費者金融業界も新たなサービスとしてそれまでの多重債務者を対象としたおまとめローンとしても利用出来るフリーカードローンを取り扱うようになったのです。
 おすすめローンはこちら、借入一本化にご利用いただけます >>
おまとめローン、30項目





1


(C) おまとめローン審査.jp おまとめローン30項目おまとめローン最新情報おすすめ低金利ローン利用規約運営企業相互リンク募集